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葉アメリカのナースミドワイフ:第1回 臨床の場面 その1

私が初めてお産を見たのは、1976年、聖路加看護大学の3年生の時だったと思います。聖路加国際病院の分娩室の扉の影から、分娩台の上でお産をしているお母さんを見ました。狭い分娩台の上で足をベルトで固定され、いきんでいました。会陰切開をして、レジデントのお医者さんが赤ちゃんを取り上げました。赤ちゃんは蘇生台の上に連れて行かれ、酸素を少しもらって元気に泣きました。感激して涙が出たのを覚えています。2時間の観察期間の後、お母さんは新生児室の窓のところに寝かされている赤ちゃんをちょっとだけ見せてもらって、褥室に移動しました。何も知らないあの頃は、人が誕生するドラマに感激しましたが、今思うと、恐ろしいくらいに不必要な拘束や医療介入をしていたわけですね。

あれから25年以上たちました。私は、現在、アメリカ西海岸の中都市、シアトル郊外でナースミドワイフとして自分の理想とする形に近い妊娠出産のトータルケアを展開しています。

一番最近のお産は、先週でした。定休日の木曜日だったので、郊外の馬場で乗馬のレッスンが終わり、馬を洗っていたら、美智さん(仮名)の陣痛が強くなったと言う連絡が入りました。「陣痛は5分間隔で、とても痛いんです」と泣きそうな声でいう美智さんに病院に向かうよう指示し、その電話を切ると同時にエバーグリーン病院に電話して、産科主任ナースに私の患者(注1)を入院させる旨の指示を出しておきました。私も家に帰ってさっとシャワーを浴び、美智さんより10分遅れて病院にかけつけました。

予定日を6日過ぎて入院してきた美智さんは、子宮口がすでに7cm開いていました。美智さんは陣痛の度に身体の奥から出て来るうねりにまかせて叫びながらも、陣痛と陣痛の間にはニコニコしながら、どんな姿勢を取ったらお産がうまく進むかを私と相談する余裕がありました。3歳のお兄ちゃん(マイケル君・仮名)は、LDRP(注2)のソファベッドの上でお母さんのマネをして、ひっくり返って足をバタバタさせながら叫んでいます。私もナース(注3)のキャロル(仮名)も美智さんも、これには思わず笑ってしまいました。ご主人は緊張を隠せない面持ちでしたが、美智さんの腰をさすったり、マイケル君の相手をしたりしていました。

陣痛の度に赤ちゃんの心音が90ぐらいまで下がります。陣痛が終わると130台にもどり、基線細変動も充分だし、一過性頻脈も見られるので、基本的にはこの赤ちゃんは元気です。しかし徐脈が繰り返されるとストレスになってしまいます。予定日を過ぎているので、羊水混濁も予想されます。赤ちゃんの状態が悪くなる前に産まれて欲しいので、促進の意味もかねて、美智さんの承諾を取って破膜をします。案の定、「お豆をすりおろしたスープ」と呼ばれる、かなり多量の古い胎便が溶け込んだ羊水です。それを見て、キャロルは未熟児集中看護室に連絡し、お産の時に蘇生チームが待機してくれるよう要請します。「赤ちゃんって、予定日を過ぎてしばらくすると我慢できなくて中でウンチしちゃうのよね。産まれる時にウンチを肺の奥に吸い込まないように、小児科の人たちが何人か来て赤ちゃんが泣く前に吸引するからびっくりしないでね」と美智さんとご主人に説明しておきます。美智さんには念のために酸素をマスクで吸っていてもらいます。

私の産婦さんが入院したことを電話で知らせておいたので、提携医のマリー先生(仮名)が、「何か必要だったらいつでも呼んでね、院内にいるから」と病室に顔を出しました。「羊水の混濁があるけれど、今は赤ちゃんの状態は悪くないから、大丈夫」というと、マリー先生は「また後でね」と言って他の患者さんを診に行きました。

破膜の時の内診で、赤ちゃんの顔がお母さんのお腹の方を向いていることがわかったので、美智さんに四つんばいになってもらいます。キャロルにビーンバッグという大きな座布団のようなものを持ってきてもらい、お腹と頭と肩をその上に載せてよりかかります。この姿勢だと陣痛の間も赤ちゃんの心音は下がらないようなので、痛みの緩和のために腰をはさむように押しながら、陣痛の度に後に沈み込むような姿勢を取って赤ちゃんが廻ってくるのを待ちます。

まもなく急に赤ちゃんの心音が60まで下り、1分ほどそのままです。「ああ、赤ちゃん、廻ったみたいね。いきみたくなって来ない?」と聞くと、美智さん、「さあ?」と、まだのようです。内診をすると赤ちゃんは正しい方向をむいていて、子宮口は全開です。心音も普通に戻っています。「もうじき産まれてくるよ」というと、マイケル君は、「赤ちゃん、おヘソある?」と興味津々です。(「うまれるよ」というビデオをみてから、おヘソはマイケル君の中心関心事です)美智さんもニコニコとそのやりとりを聞いています。全開後、骨盤底に児頭が下りるまで少し休み時間があるのですが(注4)、まもなくそれも終わり、自然にいきみたい感覚が出てきました。心音も落ち着いていて、これならゆっくり産めます。

何回か自然にいきむと赤ちゃんの頭が少し見えてきました。マイケル君はベッドの足元によじ登り、しげしげと3cmほど見えている赤ちゃんの頭を見つめています。小児科に連絡し、医師とナースの蘇生チームがやってきました。マリー先生もちょうどどんな様子かを見に来て、「あら、よつんばい?見ていっていい?」と私の耳元にささやきます。

美智さんの足の間に防水シーツを敷き、羊水がベッドの上に流れないよう周りをちょっと高くして堤防を作ります。ゆっくりいきんで赤ちゃんの頭がでた時点で小児科のナースが私に吸引チューブを手渡してくれます。口・鼻・喉の奥を少しきれいにしてから、肩から身体が産まれるのに手をそえ、臍の緒を長めに切って、小児科の医師に手渡します。混濁した羊水は声帯の奥までは入っておらず、アプガーは9点と10点でした。元気な赤ちゃんです。

ご主人は写真をとるのに忙しく、マリー先生が大喜びのマイケル君の相手をしてくれていました。私は胎盤が出るのを待ってから汚れ物をはずし、上を向いて寝てもらい、局所麻酔をしてちょっと切れた小陰唇を縫合しました。小児科のナースと医師は未熟児室に帰り、赤ちゃんは美智さんに手渡され、さっそくおっぱいに吸い付いています。美智さんは「おかげで本当に良いお産ができました」ととても満足そうでした。お産の記録を済ませ産後のオーダーを書き終わって、帰ろうとする私に、キャロルがウィンクして親指を立てて「やった〜!」というサイン(日本だったらVサインかな?)を送ってくれます。

実は、マイケル君は3年前に外国で帝王切開で生まれています。予定日一週間超過で陣痛がまったく無いのに破水し、促進をしたのですがお産は進まず、結局羊水混濁が理由で帝王切開だったそうです。去年シアトルに引っ越して来た美智さんは、その後間もなく2回目の妊娠がわかりました。その頃、私のお産に対する考え方についてのインタビューがネットに載り(注5)、それを読んだ彼女は、ぜひ今度は自然なお産をしたいからと私のところに来ることにしたのでした。帝王切開を行った外国の病院に、子宮破裂の可能性が少ない頸部横切開の手術方式だったことを確認し、経膣分娩の希望を私の提携医の代表に伝えて承諾を取り、家族と充分話し合った結果、自然分娩に向かってチームで努力することにしたのです。

一旦帝王切開をすると次回妊娠時に子宮破裂の確率が高くなるので、自然分娩を試みる場合、ある程度の危険が伴います。医療事故や訴訟に非常に敏感なアメリカでは、現在、2回目以降の帝王切開率が急激に高くなっています。私がお産を取り扱っているエバーグリーン病院は、この地域でも数少ないVBAC(帝王切開後の自然分娩)を試みることのできる病院です。

普通、産科の医師(注6)は、ナースに自分の患者のケアを任せておいて自宅で待機し、産まれる直前にかけつけて取り上げるというやり方をします。子宮破裂がおこると、医師がかけつけるのが間に合わず、胎児や母親が死亡する事態がおこりかねません。こうした背景のもと、アメリカ産科学会は、帝王切開の後の自然分娩を試みる場合は、手術のできる医師が常に院内に待機していなければならないという勧告を出しています。ところが、院内で時間を無駄につぶしたくない医師が圧倒的に多いので、最初から帝王切開にする例が全米で急激に増えたわけです。(注7)

私は6人の女医さんのグループと提携しています。彼女たちが院内に待機してくれているので、こうしたハイリスクの患者も自然分娩を試みることができるわけです。私はもう5年ほどこのグループと一緒に仕事をしていますが、女性が自分の健康管理に関する選択権を持つこと、ナースミドワイフは医師と違うアプローチを持つこと、などを良く理解してくれる医師たちです。

こうした条件の整った中で、美智さんと私は、どうやって自然なお産の確率を高めるかの工夫をしました。前回は陣痛が起こる前に破水をしてしまったので、まず、それを防ぐ工夫です。膣内の雑菌が増えると陣痛の始まる前に破水がおこる可能性が高いので、乳酸菌を摂取して雑菌が増えすぎる可能性を低くしました。同時に、膣内の雑菌を子宮内に持ち込まないよう(注8) 、妊娠後期には一切内診をしませんでした。また、子宮の筋肉がうまく機能するように、ラズベリーの葉のお茶を妊娠中に飲みました。前回は促進しても子宮口が開かなかったので、子宮の頸管が柔らかくなるよう、毎日の散歩で児頭が頸管をマッサージする効果をねらい、それに加えてイブニングプリムローズというサプリメントを取りました。

子宮に傷がある場合に促進剤を使うと子宮破裂の可能性が非常に高くなるので、自然に陣痛がついてくれなければ困ります。また、予定日を2週間すぎてしまうと、胎児死亡の確率が高くなるので、それまでに産まれなければ帝王切開にした方が安全です。そこで、予定日を過ぎた時点から、中国人の針治療に通って陣痛をつけてもらいました。1回目と2回目は少し陣痛があっただけで数時間で止まってしまい、3回目の治療でようやく本格的な陣痛が始まりました。アメリカでは、硬膜外麻酔で無痛分娩にする人が大変多いのですが、麻酔をすると帝王切開率(注9) がどうしても高くなるので、できるだけ麻酔なしでがんばる決意をしました。

私の自宅の一室を使ったなでしこクリニックで、9ヶ月間、毎回一時間ずつかけた妊婦検診を通してお互いを充分知りつくし、家族ぐるみで信頼関係を築き上げた上でのお産です。産婦さん本人の持つ力を最大限に引き出し、最新の医療科学と、伝統的医療の良さとを組み合わせたケアを行うナースミドワイフと、それを信じてサポートしてくれる医師、最新の設備と未熟児集中看護室を持ちながら、普通のベッドの上で、子供がまとわり付きながら、よつんばいのお産をさせてくれるエバーグリーン病院という特殊な病院、こうした恵まれた環境の中で、真愛ちゃん(仮名)は産まれました。あなたの産院、病院では、こんなお産ができますか?


注1. こちらの産科では、外来では医師に診てもらって、入院したら助産師に取り上げてもらうという日本のような業務分担は有りません。医師の患者は医師が最初から最後まで診て、ナースミドワイフの患者は初診から産後までナースミドワイフが独立して診ます。お産も、医師の患者は医師が取り上げ、ナースミドワイフの患者はナースミドワイフが取り上げます。

注2. LDRP 入院から退院までを家族全員がひとつの部屋で過ごします。Labor, Delivery, Recovery, and Postpartumの頭文字をとってLDRPと呼びます。年間分娩数およそ3800ほどのエバーグリーン病院は、36室のLDRPがあります。

注3. アメリカの産科のナースは、日本の病院助産師とほぼ同じような仕事をしています。医師の患者の場合は、医師から電話で指示を受けてナースが出産間際まで陣痛管理をし、出産の場面だけ医師がかけつけます。ナースミドワイフの場合は、心音を記録したり血圧を測ったりするのはナースの役目、ナースミドワイフは、管理の方針を決め、オーダーを書き、ナースと協力しながら産婦をサポートし、赤ちゃんを取り上げます。

注4. Roberts JE. The "push" for evidence: management of the second stage. J Midwifery Womens Health. 2002 Jan-Feb;47(1):2-15.

注5. http://www.junglecity.com/bravo/2002/0802.htm

注6. アメリカの病院の多くは、オープンシステムと言って、開業の医師が自分の患者を入院させて治療をおこなうことを許可する契約をします。エバーグリーン病院には、およそ30名ほどの開業医が産科の入院治療契約をしていて、私を含めて6人の助産婦も同じ契約をしています。病院には麻酔科の医師、未熟児室の医師、ペリネイトロジストというハイリスク専門の医師が雇用されていて、必要に応じてコンサルテーションに応じますが、ひとりひとりの産婦の主治医は妊娠中ずっと診ていた開業医です。ナースミドワイフの産婦の場合は、ナースミドワイフがいわゆる主治医です。この例の場合はVBACだったので提携医が院内に待機していましたが、普通の正常産ならば入院から退院まで私が「主治医」で、医師はまったく関わりません。

注7. Nancy O'Brien-Abel, RNC, MN. Uterine rupture during VBAC trial of labor:risk factors and fetal response. J Midwifery Womens Health. 2003 July-Aug;48(4):249-257.

注8. Imseis HM, Trout WC, & Gabbe SG. The microbiologic effect of digital cervical examination. Am J Obstet Gynecol. 1999 Mar;180 (3 Pt 1), 578-80.

注9. エバーグリーン病院全体の麻酔率はおよそ85%、帝王切開率はおよそ25%です。私の患者さんの麻酔率は33%、帝王切開率は8%です。

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