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お産体験記 2005年12月掲載
葉佳榮君の妊娠出産記録

赤ちゃんの名前                            佳榮(かい)

予定日                                          2005年 525

生まれた日と時間                         2005年 522日 2304

出生体重                                      3150g

 2004年8月末から家族3人(父42才、母37才、長女8才)で1年間限定の米国サバティカル生活が始まりました。短期間のシアトル滞在のため、できるだけ有意義な生活が過ごせるよう、家族3人 一ヶ月間頑張りました。娘が日本出国前の七夕の短冊に「弟ができますように」との願いを書いてから3ヶ月後の10月には驚きの懐妊となりました。できれば子供をもう一人との思いから、8年が経過しての快挙です。同じアパートの3児の母で友人(なでしこクリニックで 三男を出産)の勧めで、なでしこクリニックでの初回診察に出かけ、予定日は6月4日、喜び、驚き、不安でいっぱいでした。母親の年齢などを考えると、緊急の日本帰国を覚悟の上で、押尾先生にお世話になることにしました。押尾先生の力強いお言葉で、米国での出産を前提に家族3人一丸となっての妊娠生活の始まりでした。

シアトル滞在が1年間ということで、健康保険は海外旅行者用の保険に加入はしていたものの、当然妊娠は適用範囲外でした。娘の小学校の看護士やカウンセラーが出産に適応する保険や安い病院を探してくれたりしましたが、結局父親の在留資格の問題、妊娠を確認後の加入の免責期間の問題等で自費での出産となりました。

経産婦とはいえ、すでに8年の月日が過ぎており、母親も父親も当時のことは記憶の彼方になっていました。前回も今回も妊娠期間中は特に問題なく、比較的安定した状態での生活を送ってきました。米国1年間限定ということもあり、ここでしかできない旅行や日々の楽しみを十分に満喫しました。3度の超音波検診(9、20、32週)を行い、筋腫(前回の妊娠で見つかった)も大きな問題にはならないとの診断。初めての超音波検診で、予定日は5月25日に変更になり、さらに99%男の子との診断に家族3人驚きました(父親の職業(化学者)では、なぜか男の子を持つ人はきわめて少ない)。毎月の検診には家族3人で出かけ、先生からいろいろなお話を聞かせて頂きながら順調に月日を重ねました。

2月中旬:そろそろ米国での出産を最終的に決断(これ以降だと飛行機に乗れないため)しなければならない時期となり、先生に相談しました。先生はあっさり「大丈夫よ!!」また、父親は費用が高くなっても安全な出産をとの言葉にも「ふつうに行きましょうよ」とのお言葉で、この上もなく安心したのを記憶しています。

当時、お腹の子は逆子である可能性が高いので、向きが変わるように逆子体操をして少しでも危険因子は排除することに気を使いました。

 4月30日:日本はゴールデンウイーク真っただ中、いつもの年なら帰省渋滞の合間を縫って実家に帰っている頃。最初の“臨月”グループ検診日となり、いよいよ出産間近の緊張と不安の中での臨月生活に突入しました。病院に到着するといきなり、前日に3家族が出産したことを聞き、衝撃の初回グループ検診でした。また、疲れた先生を見たのはこの時だけです。それもそのはず、朝5時から夜中の3時まで病院に詰めていたとの事。おまけに一組はほぼ同時の出産!! 助産 師という仕事のハードさを改めて感じました。クリニックで順調な子供の生長と母体の状態を確認後、エバーグリーン病院の見学に出かけました。入院中の生まれたばかりの赤ちゃんとご両親が快く部屋で我々にお話をしてくれました。日本の産院とはかなり異なる雰囲気(なんと言っても8年前のこと)で、驚いたり、喜んだりの病院ツアーでした。

5月7日:前週に生まれた2人の赤ちゃんが来院し、我々の赤ちゃんの誕生は何時だろうかと楽しみも身近になった感じでした。妊娠37週を経過し、先生には「もう何時生まれてもいいね」と言われ、この日に病院でプレレジストレーションをしました。

このころから陣痛に似た症状が時々見られはじめた。夜中に何度もトイレに行ったり、お腹が張ってなかなか寝付けないことがあり、「そろそろかな?」と思う事が時々ありました。気の弱い父親は、何度も先生に電話した方がいいのではないかと不安な夜、緊張で熟睡できないことも度々ありました。毎週土曜日の検診日が待ち遠しく、なでしこクリニックへ行き、先生が母子ともに健康であることを確認して頂くことを心待ちにしていました。できれば、そろそろ出てきてもらいたいと何度も願っていました。

 5月14日:この週も前週と同様の状況が続き、少し家族全員が疲れ気味、待ちくたびれてきました。この週は家族3人がはまったバスケットの観戦には、体調を考えて母親は出かけず、初めての父娘2人での外出でした。なでしこクリニックの検診では、子供の向きが出産時に問題となる場合があるので、少し気にすること以外は何もなく帰宅しました。

 5月21日:いよいよ予定日の週に突入。もし陣痛が来ない場合にはどうしたらいいかなど、不安がますます大きくなりました。しかし、なでしこクリニックでは特に問題なく、当日開催される先生のコーラスのコンサートの話を聞き、今日ではなくて良かったと思い帰宅しました。検診後、買い物に行き帰宅途中で数回お腹が張って、車の中で休んでいました(2時、2時半、3時という間隔で)。気の弱い父親は押尾先生へ電話することを勧めましたが、なかなかこれという確信がないまま時間が過ぎました。そろそろ先生はコンサートの時間だと思う頃、にわかに状況が変化していきました。先生の携帯に電話を入れ、この数時間の状況を報告し、このまま入院か、待機かの判断を仰ぎました。とりあえず自宅でもう少し様子を見ることになり、先生からの1時間後の連絡を待ちながら、家族3人で病院へ行く準備を整えました。これからの長い一日になる事を考えて、3人で早々にベッドへ入りました。

5月22日:夜中、数回トイレに行ったり、お腹が張りほとんど眠らず朝になり、若干の破水が認められたので、朝6時に先生に電話を入れました。8時頃にエバーグリーン病院へ行く事になり、娘を起こし朝食後出かけました。11時から病室に入ることになり、一時なでしこクリニックで待機となりました。病院での検査で、膀胱炎の疑いがあり水分を沢山取るように注意され、診察室で時間まで休みました。この間、娘は先生に紅茶とマドレーヌをごちそうになり、かなりリラックスムードです。母親は、案の定子供の向きが良くないため、向きを変える体操をしました。そして再度病院へ。途中でお弁当を買い病室に向かいます。着替え、点滴といよいよお産の始まりとなりました。この時、子宮口は2cm。しかし、未だこれぞと言う陣痛はなく、促進剤を入れながら廊下を行ったり、来たりを何度したか数えられなくなっていきました。3時に破膜を行い、この後からやっと歩いていられなくなるような強い陣痛が時々来るようになり、Gボールに乗ったり、歩いたりを4時頃までしました。その後、1時間ほど入浴し、腰への強い痛みを感じベッドに戻りました。(子宮口は未だ5cm)この間、持参したおにぎりと3個のゼリーを食べ、娘は3巻の「ハリーポッター」のDVDをほとんど見終わる頃となり、すでに7時を過ぎていました。娘は朝からの疲れで、寝袋にくるまって寝息を立てはじめた頃から、本格的な陣痛となり、子宮口はやっと全開に朝からの長い長いお産も最終段階を向かえました。しかし、何度いきんでみても旨くいきめず体の向きを変えたりして1時間以上頑張ってみたものの赤ちゃんは出てきません。膣の入り口付近が強烈に痛く、痛みから逃げたい一心で力が入らず、 押尾先生に局部的な麻酔を少し使っていただいたおかげで、やっとやっと11時4分に体重3150g、20インチの男の子の出産となりました。最後の痛みはのう腫のせいだったようです。娘は、この間眠っていたようですが、10時30分頃から緊迫した状況で目が覚めそのまま様子を見ていたようです。はじめはその場の異様な雰囲気に驚いたのか、泣いていましたが、生まれたばかりの赤ちゃんを見たり、触ったりして、ようやくの対面を喜んでいました。           

 母:かわいい!!この一言です。子供を授かった幸運に感謝。そして異国の地で良い先生に巡り会い、家族全員で出産、子育てが出来た幸せは一生忘れられません。

長女:へその緒が赤くて短くて柔らかいものだと思っていたら、佳榮が出てきた時に見たら本当は白くて長くて硬いものだったのでビックリしました。へその緒を切った時に思ったより硬かったです。佳榮は生まれた時に泣いていたので、お腹の中でも泣いていたのか押尾先生に聞いてみましたが、まだわからないといわれました。いつか知りたいです。

父:米国での生活は日本と違い、かなり自由な身で検診や日々の雑事をこなすことができたのは、今回のお産にとってプラスになったと思います。1年間の米国生活では、妊娠と出産が我が家の中心となり、様々な貴重な経験となりました。

 最後に、押尾先生、なでしこクリニックに関係している皆さん、多くの友人のお力のおかげだと感謝いたします。

 

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