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お産体験記 2006年12月掲載

 

葉 やっと会えた!

赤ちゃんの名前 咲彩(さや)
お母さんの名前 長尾 博子
お父さんの名前 長尾 裕
予定日 200627
産まれた日時 200629日 午前218
出生体重 体重3532

  じ・じんつうがぁ〜〜!!

27日、日本から母が来ることになっておりました。それまで定期的に着ていた前駆陣痛、思わぬアクシデントのため一時停止。私の精神状態が落ち着いたところでまた30分おきに来るようになりました。さて、いつになったら出産となるのか?!?!なんてどきどきしてたら・・・

8日朝起きて『いつもどおりの前駆陣痛だわ』なんて思ってたら、ふと気がついただんな様『なんか間隔が狭くないかい?』考えても無かったのでびっくり!!

私は時計を見ず、旦那様が陣痛の間隔を測ることに。するとさらにびっくり!!なんと10分くらいの間隔で確実に来てます。ということですが、だんな様、今日はお仕事でダウンタウンまで行くのです。10時に出発して家をでましたが・・・なんと図ってると陣痛が7分間隔になったて・・・どんどん不安になってきてしまって。その時はさちこ先生にもDoulaのまりこさんにも連絡済。麻利子さんは12時ごろに来てくれることになってたのですが・・・だめでしたね。旦那様に即刻電話して『かってきてぇ〜〜〜!!!』と言ってしまいました。不安がいっぱいで母がいたとしても旦那様にそばにいて欲しかったんですね。彼は会社の人に1分間の挨拶をしてとんぼ返りしてくれました。

その間、私は陣痛の間隔を図りつつ、下痢と戦っておりました。母が教えてくれたのですが女性の体は神秘的。お産が近くなるとたまっていた便を全部だしてしまうそうで。下痢になってどんどんだしちゃうんだって。私も下痢の痛みなのか陣痛の痛みなのかわからないままトイレへ・・・お腹が空っぽになっていくような気がしつつ、陣痛の軽い痛みに耐えつつ旦那様とまりこさんを待ちました。12時過ぎ、二人が一緒に家に。本格的に陣痛との戦いがと思いきや、まだなんとか我慢できる?!というのも、結構痛い生理痛な感じでしてまりこさんにマッサージを(腰骨を押す)してもらうと思いのほか楽で結構いけるかもなんて安易に考えていたその時、今までに無い痛みに変貌?!?!彼女の説明によると軽い痛みが二波、そのあとに激しい痛みの陣痛が来ることが多いと。その陣痛の痛いこと痛いこと。          

陣痛が来る度に旦那様やまりこさん、母に腰を抑えてもらって難を逃れたのでした。あぁ・・・いつになったら陣痛3分間隔になって病院にいくのかしら?そんなことを考えていたのは午後2時過ぎ。9分の陣痛が来たと思ったら今度は4分間隔の陣痛ととっても不規則なものでした。

どんどん痛くなる陣痛どんどん確実に陣痛が来るようになったのは2時半過ぎから。大体規則的に5分間間隔に。その間、痛かったりしたらマッサージしてもらったり、骨盤を広げるたいそうをしたりバースボールにびよ〜んと乗ってみたり、しておりました。さちこ先生から『どう??』とお電話を頂いた時、まだまだ規則的には陣痛がきてなかったこともあって先生から『お風呂に入るのもいいのよ』と教えて頂いたのでお風呂に入って様子を見ることにしました。

長い時間入るのが良いということで、下半身浴をしました。上半身はTシャツを着て。陣痛がきたら腰を押してもらったりしつつ。陣痛が来てない時は皆でお話をしつつ。本当にリラックスできる時間をずーっと過ごしてました。お風呂に入ってた時(午後4時すぎ)に大体5分から3分くらいの陣痛の間隔が来るようになって、

『おぉ?!そろそろ病院?』と思いきや。『行ってもいかなくても・・・もう少し家に居たかったらいて良いよ』といわれたので私はぎりぎりまで家に居ることにしました。なぜって?!?!私は家が大好き一番リラックスできるところ居たかったんですもん。 

とりあえずお腹が空いてきた私。。。だんな様が皆で食べるように近所のCentral Marketでお寿司を購入してきてくれました。それを頬張る私。。。まりこさんに『陣痛3分感覚で押すし食べてる人って始めてかも?』なんていわれつつ頬ぼるさ!!これから戦いだもんなんて簡単に考えてました。あぁ・・・痛いけどね。その時は陣痛の間は上機嫌でいれたんだもん(涙)夕食を午後6時に済ませ、午後650分さちこ先生に連絡『よし!病院にいこうよ!』とおっしゃっていただいたのでお出かけの準備。病院に全員で向かったのです。

おーー、病院到着だぁ!夜7時ごろだったため、渋滞も無く到着。

途中陣痛が来てもなんとかしのげました。やっぱり生理痛が普段ひどいので耐えられるのか?!なんて簡単に考えてた。ええ、本当に安易だったよ。さて、病院について、以前教えてもらった方向へ進んで行きまして途中の受付で「ひぃです!入院出す!」とつげ、先へ進み(さちこ先生が連絡してくれてるので何事も無くいけたのだ♪)出産病棟へ到着。そこの受付でサインをすることに。なんだかよく分からんがサイン。陣痛が来たらちょっち待ってもらって痛みを凌ぎ、病室へ向かうのですが・・・痛いのでスローリィ〜〜に歩きました(苦笑)看護婦さんも親切でゆっくりペースで歩いてくれて・・・ありがたかった。さて!病室。こちらは個室なのでどんなに叫び声をあげてもOK!!うれしいですねーー。さっそく病院で用意されてるガウンに着替えて準備万端。下着は一切着用しません。そりゃそうだ。これから赤ちゃんだすんだもん。とりあえず、トイレに入ることにしました。当分入れないことになるのです。というのも、到着してすぐに陣痛の間隔と赤ちゃんの心臓の音を計測するためにお腹に機械をぺったり貼り付けるためです。で、そこで初めておしるしが!!!そうそう、私は血液が混じるおしるしがなかったんです。

自宅にて、朝9時半、トイレに行ってその時に大量のおりものはでました。前回出したおりものと同じ量が!!それが立て続けにあったため私としては『あ ぁ、今日が出産なんだ!』と思ったのですが、血液混じるおしるしがなかったのでちょっと気がかりだったのです。血液混じるおしるしがあるということは、目印となるためですね。今覚えてるのは子宮口が8センチに広がると血液が出る!というのです。おぉ!!これがおしるしだ!と感動。そしてさちこ先生、まりこさん、皆に教えて。いざ!計測!そして先生の触診です触診、それは子宮口がどれだけ開いてるか見るのです。すごいなぁ〜って思いました。指で触っただけで何センチってわかるんだもん。で、なんとびっくり! 8センチひらいておったとです!んーー、自宅でがんばっただけのことはある!ということで、とりあえず一定期間陣痛と赤ちゃんの心臓を測定。そのあとは病棟内を歩くことに。

旦那様とまりこさんと一緒に歩いて歩いて。その間陣痛。腰を押してもらう。その繰り返し。でもね、楽しいのですよ。その時間も。一人じゃないんだ、皆応援してくれてる。赤ちゃんも出ようとがんばってるんだ。私もがんばろう。出来るだけ、力いっぱいがんばろう。そう思える時間が過ごせたと思います。

病棟内を歩いてる時、妊婦さんの病棟案内をちょうどしてるときで私は「おーー、出産なのね!!」という視線を一心に浴びつつ、陣痛に耐えるという時間を二回も過ごしました(笑)これもなかなか楽しい経験でした。さて、くるくる回って病室に帰ってその後は??お風呂に入るのだ!だのバースボールにすわるのだ!だのいろいろと施し、もう一度先生に見てもらうと子宮口が9.5センチに!その頃の陣痛はそりゃーーそりゃーー痛い。生理痛なんてもんじゃない。ふぃ〜〜。

人を生むすごい行為をしてるのに。私はまだ楽観的だった・・・赤ちゃん、向きを変えて!

こんなにいたいの?!?!?!?!?!

そんなことを思いつつ、まだ陣痛が来てないときには余裕がありました。きっとぎりぎりまで自宅にいることができたのが原因だと思います。本当にまりこさんに感謝感謝。赤ちゃんの向きが悪い、ということでストレッチのような体制をしてちゃんの向きを変えました。幾度も来る激しい陣痛。赤ちゃんも必死に向きを変えて変えて。さちこ先生も麻利子さんも陣痛が来るたびに腰を押してくれたり赤ちゃんの位置が変わるようにしてくれたり。で、もう一度触診。そしたら、9.5cmですって!で、0.5cmまだ。どうしてって?赤ちゃんの頭が引っかかってるからだって。

触診の最中に陣痛が参りました。

もーーーーーーーーー!!!!!!

いたいーーーーーーーーーー!!!

たえられないよーーーーーー!!!!!!

先生休憩しましょう!指抜いて!!

絶叫してしまってました。

先生も赤ちゃんの頭が外れるように指で誘導してくれてるんだけど分かるんだけど、痛すぎて耐えられなかった。迫り来る陣痛、激しい痛み、先生に『もう一息なのよ!この引っ掛かりが取れたらいきめるんだけど』と・・・

その一息。それが長かったそのあたりから私の意識は朦朧としておりました。時間の感覚、自制心、恥じらい。そんなもの何処にも無くなってました。あと0.5cmされど0.5cm

あと0.5cmそうさちこ先生に言われてから相当長かった。意識がほとんど飛んでしまってて鮮明には覚えてないけど破水してから陣痛が、というより痛みがさらに激しくなって痛みに耐える、赤ちゃんも頑張る、頭が引っかかったまま。そんな時間がどんどん過ぎていって。途中、先生が頭が外れる方法として横になってる体制からボールの上に(クッション状のボール)うつぶせになる体制が有効な時がある!と。でも、その時には私は痛すぎて動くことが出来ず。動く=陣痛=激しい痛み。この方程式がすごく怖くって怖くって。動きたく無かったんですね。旦那様ががんばろう!と励ましてくれたのでなんとか頑張って体制を・・・?!と思ったらまた痛い!!!!いたいーーー!!!!と絶叫してたと思う。(絶対してた涙)ボールにうつぶせになってからの痛みは激しいもので

耐え難いもの本当にそんな感じ。いろんな人の手のぬくもりがあったのでなんとか意識を保ちつつ乗り切れたと思ってます。一番うれしかったのは旦那様が手を握っていてくれたこと。一番心強かったし、乗り切りたい!という強い気持ちを持たせてくれたと思いますね。

他にもさちこ先生、まりこさん看護婦さんのマッサージをしてくれる彼女たちの手のぬくもり。ぬくもりって大切なんだ!!そう思えるほど励みになりました。激しい痛みで痙攣のように体がひくひくしてても皆がそばにいるのでがんばろう!赤ちゃんと会いたい!と必死に絶えることが出来ました。あまりに痛くて『せんせいいたい!!!!』と弱音を吐いてしまったけどでも、もう産めない、とは思いませんでした。絶対産んで皆に赤ちゃんを見て欲しいそう思ったんですね。どんなに腰を動かしてもどんなに陣痛に(痛みに)絶えてもどうしても外れてくれない赤ちゃんの頭。

0,5cm普段だったら気にも留めない小さい数字。それがこんなに大変な数字だとはこのときまで感じたことがありませんでした。意識が遠のきそうだけどボールにうつぶせになっても取れない頭。先生がもう一度触診しつつ、陣痛が来たときに頭が外れるように指で押してくれたけど『先生いたい!!休憩して!!もう・・・』と絶叫。痛くて痛くて、体の痙攣はとまらず水分なんて取れるものでもなく先生に『水分取らないとだめよ、口に含むだけでも。』といわれてもいらないの一点張り。痛すぎて、しんどすぎて口にものを運ぶ気分には全くなれず。本当は水分取らないと脱水症になるのでいけないのですがね。そんな余裕はない。

ボールの上で頑張ったけど赤ちゃんの頭が外れず今度は座ろう!ということに。その時にはぼーーっと放心状態の私。いやだ。座りたくない、動きたくない。いきめと言われても痛くていきめない。

だめだな、私なんて悲しくなりつつ旦那様に『皆ひぃちゃんのために言ってるんだよ。がんばろう』と体を起こしてくれました。その一言で『きっとあと少しだ、がんばろう。赤ちゃんに会えるんだ』

と頑張って座ったものの陣痛が来るとあまりの痛みにどうしても座れず。陣痛=痛み=痙攣。

ずーっとずーっと繰り返し。何時間かかったの?なんて聞く余裕は全く無かった。後できいたら二時間ほどらしいけど、私としてはもっともっと時間がたったように思えました。イタイイタイ『陣痛が来たら少しいきんでごらん』そんな風に言われてましたがあまりの痛さにいきめず。でも!!あかちゃんのためだ!がんばるぞ!と、いきんでみたものの『いきめないぃ〜〜〜!!』と絶叫。痛みでいきみが途中で止まっちゃう。さらに!いきむと羊水がどぷどぷっと出てきて怖くなる。部屋中が羊水の匂いになって、さらに怖くなって。『羊水全部出ちゃったのかな?』なんて心配になる。後からだんな様に聞いたらそんなに量は出てなかったらしいけど。見えないところでどっぷりと出てくる羊水を肌で感じるその感覚はなんだか怖かったです。

ふとした時先生から『よし、体制を変えよう!』と、本格的にいきむ体制へと体制を変えました。赤ちゃんの頭が外れたのか、体制がきちんと変わったのか私はわからずじまいでしたが、さちこ先生の指示通り体制を変更。いきむんだ。これからまた勝負!大丈夫なんだろうか?私・・・

日本で言うところの分娩台が無いアメリカスタイル。両足をまりこさんとだんな様に抱えてもらって右手はさちこ先生と握手。先生から『さぁ!いきもう!私の手を引っ張って!いきんで!』

陣痛が来る中うーーんうーん。先生の手を力いっぱい引っ張って両足を力いっぱいつっぱって、うーーんうーん。いきんでみたものの成果はあるの?!という疑問が湧き上る。いきんで思ったこと、さっきまでの激痛はないかも?でもいたい!!体が裂けそう!それでも押し寄せる陣痛の時、いきんでみる!体の痙攣はまだまだ続くけど、痙攣してる最中がちょっとの休憩となるので私としては体が震えてる時が全身の筋肉をほぐしてる気がして楽だったかな。何度かいきんだ時、自分でも分かる、膣の中の異物。先生に『頭が見えたよ!』と言われて元気付けてもらい。さらに!旦那様も覗き込んで頭を発見。もうすこしだ!あまたが見えたよ。がんばれ皆に言われて踏ん張ることをさらに決意。

でも・・・いきむの途中でやめちゃったりしちゃって。だって、痛かったんだもん(涙)先生やまりこさんに『いきむの上手よ』と言ってもらってうれしくなりつつまたいきむ。どんどん膣が広がっていくのが分かる。赤ちゃんの頭が降りてくるのが分かる。赤ちゃんも本当に頑張ってるんだよね。がんばんないと・・・でも、いーーたーーいぃ〜〜〜〜!!!!

少しずつ広がっていく膣、その調子をといってくれる先生たち。生まれてこようとする赤ちゃん。

いきんでいきんで次の瞬間、ものすごい激痛!!!頭がすっかりみえた!!というのです。先生に『赤ちゃんの頭触る?』といわれたけどそんな余裕なし。とりあえず生まれてきた赤ちゃんを抱っこしたいその一心。先生に『さぁ、ここからはゆっくりいこうか』と言われて先生に言われるままにゆっくり。

本当は一発でずばっと出したかったけどここでずばっといっちゃうときれちゃうんだよと姉に教えてもらっていたため我慢。産後元気に赤ちゃんのお世話したいから、ここの痛みに耐えるぞ!と踏ん張ってる時。『赤ちゃん取り上げる?』とさちこ先生が旦那様に問いかける。旦那様、取り上げることを決意!『やります!』私がその返事にびっくり(苦笑)痛みに耐えつつびっくりするのはこれが最初で最後かな?と思います。で、ぐわーーーっと広がった膣。ゆっくりゆっくり頭が出てきて。その瞬間!!私のお腹の中で最後の胎動を感じたんです。

ぐるぐる、うにゅーー。赤ちゃんが自分で体をひねって生まれて来るその回転を感じて、あ、出てきたと私は思えました、その次の瞬

ほぎゃーーー!ほぎゃーー!!

大きい声で泣いてくれた私の子供。名前は前日決めていた

咲彩(さや)やっとあえた。生まれてきてくれた。

うれしくてうれしくてたまらず、臍の緒がついたままの我が子をお腹の上でずーっとなでてました。やっと逢えた。逢いたかったんだよ。咲彩。聞いてはいたものの咲彩が生まれた後、することはいっぱいあります。まずはへその緒を切ること。だんな様が切りましたが、彼は後悔してました。肉を切るのはいやだって。感覚が嫌だったみたい。つぎに胎盤を出す、ということ。軽くいきんでごらん、といわれてふん!っといきむとでっかいものがぼろっと出る感覚が??胎盤が無事に生まれて(?)きました。その後、生暖かいものがどばーーって?!?!?!なんだなんだ??と思ったら出血でした。たくさん血が出ちゃったよ!と思ったけど後で母子手帳を見ると少量だったんだって。あー、驚いた。

私の処理をしつつ、今度は咲彩の測定。

体重3532g、身長51.5cm、頭囲31.5cm、胸囲31.5cm

後は注射と点眼。ビタミンKの注射とB型肝炎の注射をぶしゅっと打たれます。足の半分くらいまで入るであろう注射をされてもほとんど泣かなかった咲彩。『Strong Baby』と言われてましたね。

 

その間私は子宮を押すという作業をしてもらいました。知っていたもののあまりの痛さにすとーーーーーっぷ!!!と絶叫。

ちょっと休憩を挟んでもらいつつ押してもらいました。子宮抑えられて痛みで痙攣しちゃったりね(苦笑)そしてふと思ったこと。すっげーーのどか沸いてお腹すいたということで、即刻持参していた飲み物を飲み干しつつ、母親お手製のおにぎりを頬張り、自分の欲求を満たしたのです。


私の会陰は8ミリ切れてるとのことで縫おうかどうしようか?ということでしたが縫うことはやめました。塗ったら痛みがひどいって聞いてたし、先生も縫わなくても足を閉じてたら傷口が塞がるよって。そしたら縫わないほうがいいじゃない!ということで縫うのをやめて。でもでも!痛みがすごくって震えがとまらなかったので痛み止めを飲ませてもらいました。授乳中もOKな痛み止め。こやつがなかったらあの震えもとまらなかっただろうなと思います。ふと時計を見ると夜中の2時半過ぎ。

??

知らないうちに日付超えちゃったみたいですね。ということで、私の退院日は10日になりました。 よかった・・・少しでも長く病院にいたほうが体に優しそうだもの。

ゆっくり流れる時間の中でみんなで記念撮影。

まりこさんが帰った後おっぱい指導がありました。

咲彩にはじめての授乳をするその瞬間です。どきどき、ちゃんと母乳でるかな?咲彩吸ってくれるかな?不安があるものの、病院ですもの!お医者さんも看護婦さんもいるから大丈夫!と、おっぱい吸ってもらいました。ら、ららら、、、ちゃんとお口を動かしてすってくれてる??

 改めてうれしさがこみ上げつつ疲れてぐったりという気持ちと興奮が冷めず疲れたのに寝れないのと。なんだかわけの分からない時間が淡々と過ぎました。私はすっかり忘れてたのですが母に『立会い』とは言ってなかったため母も相当興奮してしまったようで私も旦那様も母も朝ごはんが来るまで寝れませんでした(苦笑)

 その間、咲彩は私たちと一緒。日本の病院のように新生児室と言うものが無いので(赤ちゃんの具合が悪いようなら別の部屋に移りますがそうで無ければ同室です)産まれた瞬間から一緒。私はなるべくおっぱいをこまめにあげたかったので二時間もしくは三時間おきに目覚ましを掛け、授乳してました。そのほうが黄疸が出るのを防げると思ったからです。その間、看護婦さんが様子を見に来てくれたりしていた気がします。怒涛のような時間のあとのこのひっそりとした時間の中、朝にはおっぱいの指導や赤ちゃんのいの大きさなどなど指導が入りまして。今度は私の子宮のチェック(あの押し出しですね。痛さでやっぱり痙攣)咲彩の体温チェックなどなど。こまめに入りました。

咲彩の体温は結構下がることが多くて『肌と肌で暖めてあげて!』といわれることがおおかったです。

生後3日くらいまでは体温調節がうまく出来ないので暖めてあげる必要があるそうで・・・私は胸をはだけさせ、咲彩はおむつ一丁で抱っこで寝てました。夕方、咲彩の授乳時期。私は一人で起きてて、咲彩のオムツを変え、さぁ授乳と言う時、咲彩が泣きました。なんだか泣き声が違う?と思って顔を覗くと。なんと!!まっさお!驚いてしまって起きた母に『様子が変なの』と告げると、母もびっくり!チアノーゼのようになっていたのです!で、即刻ナースコール。旦那様は寝ていたのですが起こす暇など無く。看護婦さんが来て説明しようにもおろおろして説明できず(涙)起きただんな様に通訳してもらいつつ、話を聞くと・・・とりあえず問題ないよって。いろいろと調べてみましょうねということになりましたが。旦那様に怒られてしまいました。ぱにっくになるなと。俺をおこせ!とな。

でもねぇ・・・びっくりしちゃったんだもん。

血中の酸素濃度など測った貰っても健康そのもの。OK!ということでしたが・・・びっくり。

その日の夜、さちこ先生が様子を見に来てくれてそのことを話すとびっくりするお話をしてくれました。なんと、赤ちゃんは生まれたばっかりの頃って呼吸するの忘れちゃうんだって(驚)そんなときは背骨をさすったりすると呼吸を開始するというのです。例えばげっぷをさせたい時も背骨をなぞるようにするとげっぷしやすいとか。背骨=呼吸これはいいこと聞きました

ゲップをさせたい時には背骨をなぞるようにしよう!!

全くなくなってしまった日にちの感覚。起き続けていたため今日が9日なのか10日なのか??不明なまま聴力検査の人がやって来ました。頭にぺったり、耳にイヤホンとっても小さい音で検査。無事に合格!!今は問題ないそうです。よかったよかった。健康第一です!

 

あと!!すっかり忘れてましたがこんな写真もございます。なんと!!咲彩のはつうんぴです。赤ちゃんは体内で羊水を飲んでますよね??体内から体外へでたらまず体内(腸にね)にある羊水を

体外へ出します。それがこのうんぴ!!タイベンです。

真っ黒で、粘っこいです。このウンチはとっても曲者で、ちょっと放置しようものならなんと!お尻にこびりつきますなので、オムツを替える度にクリームをお尻に塗ります。ビタミンなども配合されてるクリームでお尻被れに最適です。ぶりぶりぶひっとうんぴをするたびにオムツを替える!のですが・・・私はできませんでした。

 旦那様とうじょうーーーー!!

彼は本当に働き者なので、私の母が登場する間もないほどに働きそして咲彩を抱いていました。私も抱いてるけど!!だんな様のほうが時間が長かったと思います。そんなこんなしてる中、だんな様が発見したこと。咲彩のつむじが二つあることです!なんとπの形になってるんですよ(驚)

 

ということで写真はこちら。

 

 

 

 

 

あとはつめがきれい!!ということで。

写真を撮りまくっておりました(汗)

そんな中でもどしどし人がやってきます。看護婦さんたちが交代すると挨拶がてらやってきます。

お乳の状態を専門的に見てくれる人も来るし、咲彩の状態を見てくれる人も来るし、私の状態を見てくれる人も来るし、あわただしいようなそうでないような。不思議な時間がどんどん過ぎてなんとまぁ、一日があっという間にぎてしまいました。明日は退院の日。どきどき。

天気だといいなぁ。

 

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