お産体験記 2008年12月掲載
押尾先生とNorthsest Center for Reproductive Science(ノースウェストリプロサイエンス)(以下NCRSと略しています)の先生方にお世話になって、男の子を出産しました。現在は日本で子育てに奮闘しています。
私はもともと生理不順で、結婚してから病院に通いはじめました。その時の先生には多のう胞卵巣症候群の症状が見られるので排卵が起こりにくく、そのせいで生理不順になっているのでは、と言われました。その頃は、すぐに子供が欲しいわけではなく、いつかできたらなぁ。というぐらいにしか思っていなかったので、そのことを話したところ、クロミッドというクスリを処方してもらいました。それを1年半ぐらい続けましたが、子供はできませんでした。だんだんと私も、子供はできにくいのかなぁ、できないのかなぁ。と思いはじめ、焦りと不安がつのっていきました。
そんな時、夫の仕事の都合によりシアトルに引っ越すことになりました。そして、アメリカでも飲み続けることができるようにということでさらに2年分の薬をもらって渡米しました。
シアトルには3年間滞在する予定だったので、アメリカにいる間にどうしても子供が欲しいと思い、早く授かるといいな。思い始めた矢先に、今度はクロミッドを飲んでも、生理がこなくなってしまったのです。私は、かなり落ち込み、もうどうしたらよいのかわからなくなってしまいました。
シアトルに来て半年ぐらい経った頃、彼に、「なでしこクリニックに行って一度相談してみたら?」と言われ、訪ねることになりました。
彼と二人で押尾先生をはじめて訪ねて、今までのことをお話しました。その時、「クロミッドは副作用もあるので、むやみに飲み続けるような薬ではなく、妊娠できるようにしっかりと計画を立てた上で使わなければいけない」という話を聞きました。日本の先生から、飲むだけですむ簡単な薬だから、それを毎月使いながらそのうちに妊娠できたらいいという説明を聞いていた私にとってはとてもショックでした。さらに、押尾先生からは妊娠するまでの仕組みを説明してもらい、専門の病院として、NCRSがあるので、そこの先生に相談することを進められました。私は、もう子供はできないかもしれない。と思ってしまい、ずっと泣いていました。押尾先生は、「どうしても赤ちゃん欲しいよね、よし、頑張って赤ちゃん作ろう!一緒に頑張ろう」と言ってくれました。
私達は、専門の病院に行くかどうかをとても迷ったのですが、二人で話し合い、NCRSの先生の話だけでも聞いてみようということになりました。ただ二人とも英語もよくわからず、ましてや医療に関する言葉などとても分かる訳が無いという状況だったので、押尾先生にアポイントメントを取るための電話をしてもらった上に、NCRSには押尾先生に付き添って頂く事になりました。正直にいえば、そもそも押尾先生が一緒に行ってくれなかったらNCRSに行く覚悟(?)さえ決められなかったと思います。
NCRSをはじめて訪れた時も、私は不安で不安で、病院に行く途中の車の中からずっと泣いていました。私を主に見てくれたのはレタリー先生でした。レタリー先生に会った時も、ずっと下を向いたまま泣いていたと思います。いくつかの血液検査の結果、幸いなことに卵子を育てる能力は十分にあるとのことでした。ただ多のう胞卵巣症候群の場合、最後の排卵の段階がうまくいかないことがよく起こるという説明を私たちにもわかるように、レタリー先生は丁寧に説明してくれました。また、どの様にしたらそれを解決できるのか、色々な方法や可能性についてもお話してくれました。レタリー先生は、「赤ちゃんができるまで、必ず最後までお手伝いするから、一緒に頑張ろうね」と言ってくれました。
それから妊娠に向けたチャレンジが始まりました。押尾先生は可能な限り私たちの診察に付き添ってくれたのでとても心強かったです。診察、検査のたびに、怖くて不安で泣いている私の横にずっといてくれ、ずっと手を握っていてくれました。その時の先生の手は、ほんとうにやさしくて温かかったです。レタリー先生も、お話をする時は必ず、通訳をしてくれる押尾先生の方ではなく、私の目を見て一生懸命お話しをてくれました。泣いてばかりいる私を見ては、「彼女は大丈夫?シリアスな顔をしているけど、大丈夫?」と何度も押尾先生に聞いてくれました。
妊娠に向けての一度目のチャレンジは、薬を注射して卵子を育てて排卵させる。ということでしたが、私の場合は、たくさん排卵してしまうので薬のコントロールがうまくいかず、失敗に終りました。
その副作用でお腹が腫れて、体がしんどいのと、失敗に終ったということで精神的にめいってしまい、かなり情緒不安定な毎日が続きました。誰とも話もしたくなく、でもこれではダメだと自分に言い聞かせ、元気になったつもりが、急に泣きたくなったり、イライラして物に当たったこともありました。そのたびに押尾先生とメールをしたり、電話で話を聞いてもらったりしました。私が泣きながら、「私もお母さんになる日がほんとうに来ると思う?」と押尾先生に聞いたら、「絶対なれるよ。赤ちゃんを抱くことができる日が必ず来るからね」と言って一緒に泣いてくれたこともありました。その時のことは今でも鮮明に覚えています。そして、二度目のチャレンジがスタートしました。それも一度目と同じことをしましたが、やっぱり薬のコントロールがうまくいかず、失敗に終りました。
三度目のチャレンジは、もう一度薬を使ってチャレンジしても、一度目、二度目と同じようなことになって、がっかりする可能性が高いということで、体外受精をすすめられました。私みたいにたくさん排卵する人は、体外受精を試みるのには理想的な人で、一度で成功する確率は75%ぐらいだと言われました。
私の中の知識では、体外受精は色々とチャレンジをしてもダメなら、最後の最後のチャレンジ、という考えでいたので、まさかこんなに早い段階ですすめらるとは思ってもみなかったので、驚きました。正直なところ、「お金もかかるのに、どうしたらいいだろう、必ず妊娠するという保障もないし、これでまた失敗したらどうしよう」という気持ちでいっぱいでした。でも最後は、考えていても前にはすすまない。もうこれしかないのならやるしかない。と思い、チャレンジしる決意をしました。
幸い、一度目の体外受精のチャレンジで私達は赤ちゃんを授かることができました。
はじめてウルトラサウンドで、小さな小さな袋を2つ見ることができたときは、信じられませんでした。先生も他のスタッフの方も、私を抱きしめて喜んでくれました。
「おめでとう、今日でここは卒業だよ」といわれた時には、うれしい反面、なんだか寂しいような、不思議な気持ちになりました。きっと、NCRSのスタッフみなさんが私の心の支えになっていたのだと思います。
今から振り返れば、初めて押尾先生を訪ねてから妊娠がわかるまで、1年足らずのできごとでした。でもその間は、今回はうまく行くかも知れないと期待をしたり、思い通りにいかなくて落胆したり、このまま子供ができなかったらどうしようかという不安を感じたりの繰り返しで、毎日がとても長く感じられました。
NCRSの先生たちは、治療につてとても丁寧に説明をしてくれて、悲しいときには励ましてくれました。また3人の先生方がいつも同じ方針を示してくれたので、信頼してついていくことができました。
たとえ夫が協力してくれるとしても、大きな不安を抱えている状況で、夫婦の間に入って悩みを聞いてくれて、応援やアドバイスをくれた押尾先生の存在はとても大きなものでした。
押尾先生をはじめ、たくさんの方々との出会いは私達にとってこの上ない宝物となりました。みなさんの支えがなかったらこの子を抱くことはできなかったと思います。
ほんとうにありがとうございました。