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お産体験記 2006年5月掲載
 

葉たくさんの笑顔に支えられて

赤ちゃんの名前  鈴木 陽心(はる)
上の子の名前 鈴木 結心(ゆうし)
お父さんの名前 鈴木 
お母さんの名前  鈴木 彩
予定日 2004年8月25日
生まれた日  2004年8月10日
生まれた時間  午後9時21分

 810日。私の両親そろっての誕生日にHALUは生まれました。

(私の誕生日は86日。「彩を10日に産んでおくんだったわ!そしたらギネスブックに載ったわよ!」というのが母の言葉。)

 大騒動の一日でした。

前夜(9)バーベキューソースのボトルを振っていて首筋を痛めた夫はその日の朝(10日)痛みから来る貧血なのかベッドから起き上がってすぐ意識を失い倒れてしまいました。もうすぐ予定日だし、重大なことになったらどうしよう、、、慌てて夫を車に乗せて病院へ走りました。

長い待ち時間、どうもお腹が張る、張る、張る・・・

幸い夫は鞭打ちですんだのですが帰宅してホッとしたのもつかの間、今度は私に”おしるし”らしき出血がありました。

夫は痛みで思うように動けない、こんなときに生まれてくるの?

陣痛らしき痛みが始まった(のかどうか、、、長男のときとは痛みが違う気がしてよく分からなかったのですが)押尾先生に連絡後早めにエバーグリーンホスピタルへむかいました。首の動かない夫と長男、母を乗せてまさか自分で運転して行くとは、、、

子宮口は4cm開いていて入院が決まりました。「やっぱりこれは陣痛なんだぁ・・・」と思うような軽い(??)痛みでした。ドゥーラの修子さんも駆けつけてくださり、みんなで廊下を歩いて病院探検をしました。しばらくして、ジワジワと痛みが強く長くなり始め病室でみんなと雑談しながら過ごしました。長男はDVDのトーマスやアンパンマンをババちゃん(私の母)と見ていました。心配していた「ママちゃ〜ん!」の泣き声はありません。私はこんなに痛いのに(!?)みんなはいつもと変わらぬ会話をしています。「あなた何年生まれ?」とか・・・つい私も「いのしし!」なんて、もうほとんど痛みのひかない状態になっても参加している・・・そんな雰囲気でした。

「はい破水したよ」→「あ、これが破水の感覚かぁ・・・ゆっち(長男)のときは人口破膜だったっけ。」

「ほら、頭が出てきたよ〜」→「え〜?!生まれたと思ったのに、まだ頭だけかい?」

などなど、痛いのだけれども妙に落ち着いて考えたりしていました。とにかく周囲が家のリビングにいるような雰囲気なのです。

「わぁ〜!」と歓声が上がりHALUが誕生しました。

「よし!10日だ。間に合った!」というのが、私の最初の思いでした。(ジジババの誕生日)18時頃入院して2121分出産、超がつく安産でした。

それにしても後陣痛の痛いことといったら。感動よりも痛みに耐えながらのHALUとの対面となりました。ゆっちの「バンザーイ!」という声が聞こえました。

後から写真を見たらHALUを見つめる私の母の嬉しそう(というよりは楽しそう)な笑顔がありました。

翌日「こんな出産ができるなら、後5年(!?)早ければ私ももう一人産みたかったわ!」と母・・・。

全員でとった記念写真はやっぱり楽しそうな笑顔でした。

夫の首には痛々しい包帯があったけれど・・・。「しまった!(包帯)はずして撮るんだった」と夫。誰一人欠けてもきっとこんな楽しい出産にはならなかったと思ってます。チームワークの出産でした。HALU、あなたはママ一人ががんばって生まれたのではなく、押尾先生はじめ、こんなにたくさんの笑顔に支えられて生まれたんだよ。

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